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オピニオン:大学入学者選抜の変更における「2年前予告」を考える(後編)【独自記事】


徳島大学高等教育研究センター 植野美彦教授


大学教育との良好な接続,もしくは大学側においての入学志願者数の安定的な確保などを目的として,各大学では大学入学者選抜の変更(入試変更)を行っている。河合塾の集計値(各大学が公表した累計値)では,令和6年度(2024年度)入試における国公私立大学・入試変更の総数は1,044件(令和5年12月5日時点)となっており,新課程に対応した令和7年度(2025年度)入試を迎えるにあたりその件数はさらに増えると考えてよいだろう。


受験生そして高等学校において,この「入試変更」は進路決定の場面で大きな影響を及ぼすことになる。文部科学省が毎年発表する大学入学者選抜実施要項では,これらの変更を行う際のルールとして次の内容を示している。

 

「個別学力検査及び大学入学共通テストにおいて課す教科・科目の変更等が入学志願者の準備に大きな影響を及ぼす場合には,2年程度前には予告・公表する。その他の変更についても,入学志願者保護の観点から可能な限り早期の周知に努める。(令和6年度大学入学者選抜実施要項より)」。

 

大学関係者の間では「2年前予告」として呼ばれ,入試変更の際,このルールに配慮しつつ入試制度の設計から公表までを行っている。しかし,2年程度前とあるものの,具体的にどの時期に,そしてどのようなレベルまで公表するかについては大学の判断に委ねられているが,各大学はその判断に迷うなどの実態があるのではないだろうか。


大学入学者選抜に詳しい徳島大学高等教育研究センター教授の植野美彦さんに前編と後編の2回に渡って寄稿いただいた。


【前編から読む】⇒


 


1 平時における入試変更の適切な予告の時期


前編では新課程入試など大きな変更を伴う2年前予告の適切な時期や,公表のレベルを検討した。後編では平時の変更,例えば現行の入試制度では思うように志願者が集まらない,あるいは入学者の質の問題などを理由とする入試変更の適切な予告時期を検討してみたい。

なお,適切な公表のレベルについては,平時の入試変更,あるいは新課程入試などの大きな入試変更を行う場合においても差がある訳ではないため,扱わないことにする。


大学の視座からすれば,これらを理由とする入試変更は,2年前予告を待たず速やかに入試変更を行い,改善に繋げるなどの考えをもつ大学があるかもしれない。現場にいる立場としてはその気持ちをよく理解している。しかし,大学入学者選抜を専門とする立場としては,前編で繰り返し述べている「入学志願者の保護」を念頭にどのような対応を行うことが適切かを優先して考えてもらう必要がある。


大学入学者選抜実施要項では,前編で述べた通り,2年程度前とあるものの,最終的な予告時期の判断は大学に委ねられている。ならば,大学側で自主的に運用ルールを整備するほかないだろう。運用ルールの整備において重要な留意事項としては,入試変更の公表にあたり,該当の受験者が高2時に予告を受けるケース(以下,高2時予告と言う),もしくは該当の受験者が高3時の入学者選抜公表時までに予告を受けるケース(以下,高3時予告と言う)のいずれになるか,である。


判断の分岐点としては,受験生にとって受験準備の負担が増える入試変更なのか,あるいは一部の受験生にとって不利益となってしまう入試変更なのか,これら2つであると私は考えている。


前者の例で言えば,これまで数学を選択科目として扱っていた学部が新たに数学を必須化する変更の場合などである。この場合,高3時予告では受験生の学習対策が追いつかないため,遅くとも高2時予告が適切な予告の時期と言える。


後者の例で言えば,理科の設定科目としてこれまで物理・化学・生物から2科目選択として扱っていた学部が物理・化学選択を指定する変更(生物選択不可)を行う場合などである。この場合,高3時予告では生物選択者が大きな不利益を被ることになるため,遅くとも高2時予告が適切な予告の時期と言える(本来であれば高1時予告が適切という見解もあるが,あくまで大学の視座に立って述べた。但し,高2時のできる限り早い時期の予告が適切なことは論を俟たない)。


私の勤務校では,これらの判断基準を明確化するため,入学者選抜に関する委員会で変更時の申合せ文書を制定し運用している。この文書では,高2時予告に該当する事項,高3時予告に該当する事項を整理している。さらに,入試変更に伴う不具合がないかどうか,その変更に適格性があるか,入試システムへの影響の有無,そして受験生や高等学校に対して説明責任をしっかり果たせる内容かなど,内部的なチェック機能とともに手続きフローをルール化している。また,予告の時期は,高等学校教員向けの説明会(概ね6月下旬が基本)や進学説明会等で詳しい案内ができるよう内部的なスケジュールを組み情報の提供と発信に努めている。

 


2 入試変更時は入学者選抜の中期的な展望に基づく検証を


入試変更の話題が学内で持ち上がる場合,志願者数が思うように集まらないなど,学部所属の入学試験担当委員からの提起が多いものと推察する。各学部の入学試験担当委員は数年間の任期制の場合が主流であり,たまたま任期時に志願状況が芳しくない結果となってしまい,すぐにでも入試を変えたいなどの要望が出ることは大学にいればよくある話だろう。


しかし,大学志願者数は生き物のようなもので,市場の変化や偏差値,隔年現象,そして競合大学の動きにより変動する。大切なことは,1回の入試データだけで評価しない,ということである。将来の見通しが厳しい状況が明らかな場合を除いて,中期的な展望に基づいた適切な判断を下すことが必要となる。


ここで,私の勤務校の実践例を紹介しておきたい(この事例は私の勤務校のみならず一部の国立大学でも同じ実践例がみられるため,独自の取り組みではない)。私の勤務校では昭和49年(1974年)から入学者選抜方法研究委員会を設置し,現在に至るまで入試分析はもとより入学者の追跡調査を毎年にわたって実施している。当委員会の設置は昭和40年代前半,国立大学において入学者選抜方法に関する研究委員会の設置が当時の文部省主導で行われたことが背景にある。


勤務校の当該委員会(現在ではアドミッション部門が当事業を担当)では,毎年にわたり報告書(非公開)を作成し,入学者選抜の改善に寄与するエビデンスに繋げている。この報告書の各種データを参考にすれば,中期あるいは長期的な展望に基づいた検証へと繋げることが可能となる。ただし,これらを毎年にわたって作成することは相当な労力がかかるため,それを担う入試関係部局あるいはアドミッション組織の機能強化が前提にあることを申し添えておきたい。


 

3 入学志願者の保護のために


最後に入学志願者保護のために大学が取り組むべきことについて述べておきたい。


18歳人口が減少期に突入し,その中で志願者数を増やし,定員充足を行うことに大学は腐心しているせいか,ここまで述べた2年前予告のルールはおろか大学入学者選抜実施要項のルールでさえも守らない一部の大学が存在するなど,放任と言われても仕方のない状況が続いている。現行においては,実施要項を守らない大学に対しての罰則やペナルティなどは存在していない。大学入学者選抜の倫理的側面は,教育機関である以上守るのは当然のことである。入学志願者保護のため,このような時代だからこそ,大学入学者選抜に関する倫理的側面を今一度徹底するべき時期に来ていると言える。


昨今では大学入学者選抜に関する専門団体が設立されるようになったが,これらの意識向上を図る観点から言えば歓迎すべき動きである。国公私立を越えた大学間の実務者レベルで大学入学者選抜に関する倫理の徹底,場合によっては必要なルールの整備を行うなど,多角的な検討が必要な時期に来たのかもしれない。


そのためには,国からの積極的な財政面のサポートとイニシアチブを担う機能の設置検討が必要である。入試制度は時代の変化が進むと,制度疲労を起こし,それに伴って変えていかなければならない側面がある。このような場面において,他大学の出方を待つのではなく,大学間で本音の情報交流や共通理解をもつ機会がこれから欠かせなくなるものと考える。


大学入学者選抜が多様化している現在,わが国の高大接続システムの発展・深化には,大学が入学志願者の保護に務めることが大前提にある。このことを高等教育機関全体が重々理解した上で学生募集にあたることが求められる。


【後編】終

 

<著者プロフィール>:


植野 美彦(うえの よしひこ)


・徳島大学 高等教育研究センター 教授 (高等教育研究センターアドミッション部門長)

・専門分野:大学入学者選抜、高等教育

・現在、多面的総合的評価に繋がる入学者選抜と評価方法の構築、並びに入学試験における志願者動向の追跡などを中心に研究活動を行っている。その他、文部科学省先導的大学改革推進委託事業審査委員会委員をはじめ、社会活動においても積極的に取り組んでいる。


植野 美彦  徳島大学 高等教育研究センター 教授
植野 美彦  徳島大学 高等教育研究センター 教授



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