さまざまな教育格差が広がるなか、東大入学には不利に働く「地方出身」である学生たちが、大学入学の「地域格差」是正に向けた取り組みを行なっている。東大生の学生団体FairWind(フェアウィンド)の取り組みを紹介する。
いつの間にか、日本は「一億総中流社会」から「格差社会」へと確実に移行している。近年、経済だけではない、さまざまな分野で「格差」が広がっていることを、私たちは数字でも見せつけられている。
たとえば、毎年発表される「ジェンダー・ギャップ指数」。6月21日に発表された2023年度版では、日本の総合順位が146カ国中125位となり、前年の116位からさらにランクダウンした。
格差は、経済やジェンダーの分野だけでなく、教育の分野にも存在する。
全世界的規模で実施される学力テスト(たとえばPISA)の結果に見られるように、日本の初等・中等教育の水準は高く、そして平等であると言われていた。しかし、所得やジェンダーの不平等を起因とする「教育格差」は各所で指摘されており、とくに高等教育分野で目立つようになってきている。
教育格差は、東京大学など難関大学への入学者の傾向にも表れている。
『東大生、教育格差を学ぶ』(光文社新書)の著者の一人、松岡亮二・龍谷大学社会学部准教授による定義では、教育格差とは「子ども本人が選んだわけではない初期条件である“生まれ”によって、学力や最終学歴といった教育の結果に差がある傾向」を意味する。そして、格差を生じさせる“生まれ”には、「出身家庭の社会経済的地位(socio-economic status : SES)」、「出身地域」、「性別」、「国籍」などがあり、「日本の教育制度で大卒になる傾向がある初期条件は、社会経済的に恵まれた家庭・大都市部出身・男性・日本国籍」であるとされる(同書「はじめに」より)。
東大生になるには、首都圏か大都市圏に住んでいる日本国籍の男性で、親が高学歴で高所得であることが圧倒的に有利になる。実際、東京大学の保護者の平均所得水準は東京の有名私立大学などよりも高く(SES)、入学者の8割近くは男性(性別)で、首都圏の有名私立中高一貫校の出身者が多い。
このような状況で、東大入学には不利に働く「地方出身」である学生たちが、大学入学の「地域格差」是正に向けた取り組みを行なっている。東大生の学生団体FairWind(フェアウィンド)だ。FairWind【フェアウィンド】 | 「地方高校生に、追い風を」 (fairwind-ut.com)
FairWindは、「地方高校生に、追い風を」をキャッチフレーズに、2009年に設立された。今年で、活動は14年目になる。設立前年の2008年は、混乱の年だった。「リーマン・ショック」に端を発する株価の大暴落・経済不況により、「派遣切り」「雇い止め」が発生し、「年越し派遣村」などが話題になった。偶然かもしれないが、経済不況が深刻化した「格差の年」に活動を開始している。FairWindは現在も、東大生と地方の高校生との交流イベントなどによって、地方と都市部の教育格差の解消をめざしている。
2020年からの新型コロナ感染症パンデミックでは、団体の活動の大半がオンラインなどに限定されていたが、今年に入ってから、直接の交流活動が再び本格化した。FairWindは広がる格差にどう向き合っているのか。本稿では、団体代表の牛丸由理佳さんに話を伺った。
インタビューした方:FairWind代表 牛丸由理佳さん
薬学部3年在籍/岐阜県鶯谷高校出身
Q:はじめまして。さっそくですが、牛丸さんは、なぜこの団体で活動を始めたのでしょうか?
牛丸:私自身が中学生の時に、FairWindと出会ったのがきっかけです。東大を目指そうと決意できたのもFairWindのおかげなんです。
Q:牛丸さん自身が、FairWindの活動成果でもあるんですね!
牛丸:はい、私は、岐阜県の中高一貫校に在籍していたのですが、中学3年の時に、同校出身の東大生がFairWindのメンバーとして、東大ツアーを企画してくれました。それに参加したんです。
Q:どんな内容の企画だったんですか?
牛丸:現在、私たちが現役のFairWindのメンバーとして行っている東大ツアーとほぼ同内容なのですが、中学・高校生と東大生がいくつかのグループになり、東大の各校舎を回って案内しながら、プレゼンをするというものです。実際に東大生に案内してもらいながら東大の校舎を巡ると、中高生のモチベーションもグンと高くなります。
Q:中学生の牛丸さんは、実際に企画に参加してから、どんな変化がありましたか?
牛丸:私は中3の時に参加したのですが、ツアーでプレゼンをしてくれたA先輩(東大生)が、「自分は天才でもなんでもない、きちんとした努力をすれば凡人でも東大に合格できる」と話してくれたことがダイレクトに響き、受験勉強に一層力を入れるようになりました。私でも本当に東大に行けるかも、と思えるようになったんです。それまでは、学校の先生から「(東大に行った)A先輩は天才だ、別格だ」と聞かされていたのですが、間近で東大生の実像に触れることで、東大進学のリアリティーが増したのだと思います。
Q:団体は、東大ツアー以外にどのような活動をされているのでしょうか?
牛丸:FairWindの活動には、(1)東大ツアー、(2)地方の学校での出張イベント、(3)オンラインセミナーの3種類があります。コロナ禍の昨年までは、もっぱらオンラインセミナーでしたが、最近は対面でのイベント実施が増えています。
Q:コロナの状況での活動は、大変だったでしょう?
牛丸:オンラインセミナーでは、ツアー代わりに、大学内を撮影した動画や写真を見せながら進行します。参加者は、少なくて数十名、大きいものだと300名くらいが参加してくれていました。また、コロナ禍をきっかけとして運営のオンライン化を進めました。基本的に1・2年生中心の駒場キャンパスで活動している中で、(本郷キャンパスの)3、4年生も運営会議に出やすくなったのは良かったと思います。
Q:300人とはすごいですね。それから、オンラインと言えば、貴団体はホームページがすごく洗練されていますね。
牛丸:Webの広報がうまく機能しているとか、HPのデザインが洗練されているとかは、この方面に強い先輩のたまものですね。なにせ、メンバーは約220名いますので。東大生の特技は千差万別です。
Q:参加者もWebで集めるのですか?
牛丸:Webだけではありません。基本的にFairWindの認知を広げたのは、メンバーの母校を中心としたネットワークです。母校の先生も、転勤しても赴任先を紹介するなど協力してくれています。地方出張イベントの学校も、このようなネットワークで広がっていきます。
Q:活動費用はどうしているのですか?
牛丸:出張先の高校からは、交通費や宿泊費など実費のみ負担してもらいますが、謝礼はいただいていません。
Q:話題を最初に戻しますが、団体のホームページには、活動の趣旨として地方と中央の格差の解消と書いてあるのですが、具体的にはどういう「格差」なのでしょうか。
牛丸:FairWindは「地方高校生に、追い風を」という理念を掲げてやっています。ここで問題となっている「地方格差」とは、地方の高校生は都市部の高校生に比べて、進学において不利に立たされている事実を意味します。地方の学生は、環境や情報面で不利な状況に置かれており、近くにロール・モデルになる先輩が少ない(ほとんどいない)のが問題です。現在では、インターネットの利用が増え、情報は、得ようとすれば得られるはずです。しかし、実際のところ、きっかけがなければ必要な情報は得られない。私の出身校でも、東大に行く人は数年に1人しかいませんでした。東大合格者は、天才扱いで、別格として伝説のように語られるだけで、実際にどう勉強したのかなどのノウハウも共有されにくいのです。これでは、どうせ自分には無理だと思ってしまいます。
Q:牛丸さんにとっては、FairWindの先輩が運よくロール・モデルになっていたと。
牛丸:そうですね。私の場合、FairWindの先輩がロール・モデルになってくれたおかげで、東大をあきらめずに頑張れましたが、地方では、めったにこういう人には会えないですからね。このようなロール・モデルを示すというのがFairWindの使命だと思っています。
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Q:過去のイベントでとくに印象に残っているものはありますか?
牛丸:去年の秋、鹿児島県奄美諸島の「沖永良部島(おきのえらぶじま)」の高校から依頼があり、出張イベントを行ないました。たまたま、鹿児島県の公立高校の先生が離島に赴任されて、私たちを呼んでくださった。沖永良部島は、和泊町と知名町の2町で構成される小さな島ですが、ここでの体験は衝撃的というか、あまりに印象的でした。人口1万人ほどで、コンビニやチェーンの店、大手塾などはない。専門学校も大学も、島の外に出るしかありません。
Q:反応はどうでしたか?
牛丸:私たちの話すこと一語一語を、ものすごく吸収しようとしているのが伝わってきました。まさに、情報に飢えているという印象。大学生が一人も島中にいないわけですから。珍しい人が来た、みたいになりました。沖永良部島では、大学に進学することは生徒にとっても、学校にとっても、一般的な進路と思われているわけではないので、直接得られる情報が限られているのです。
Q:良いか悪いかは別として、大学に行く選択肢を考えにくい環境ですね。
牛丸:大学にどうやって行けばよいのか、大学に行くとどういう良いことがあるのか、こういう生の情報は、私たちが行って初めて聞く、というような状況だったと思います。そもそも、主催の先生は、島民の生徒を東大に行かせるためではなく、大学に行くということの意味、大学という選択肢を見せる、という趣旨で私たちを呼んでくれたようです。私たちが行くことで、刺激になればよいと。結果、皆さん、とても真剣に聞いてくれてよかったと思います。
Q:これからの活動の方針を教えてください。
牛丸:まず、8月上旬に企画がいくつかあるので、それに向けて準備を進めています。また、夏休みには、東大のオープンキャンパスに参加しますので、それに向けた準備も始めています。中長期では、新規の参加校を増やしていきたいと考えています。私たちは13年も活動をしているので、毎年のように企画・参加する「お得意様」の学校もありますが、一方で、少しずつ新規の問い合わせもあります。新規の学校にもきちんと対応し、数ももっと増やしていきたいと考えています。
Q:新規には、どのような学校が対象になるのでしょうか?
牛丸:沖永良部高校に行って思ったことがあります。高校の先生や保護者の意識も、高校生が進学するときの壁になるということです。私たちの団体に声をかけてくれるような先生がいればいいのですが、そもそも大学進学に興味のない先生や親がいる学校では、生徒の将来の選択肢が限定されてしまいます。つまり、私たちを「まだ知らない高校」の意識を変えないといけない。そういう高校や親たちへのアプローチも、今後はしていかなければならないと考えています。
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FairWind牛丸代表は、さらなる仲間募集のため、ホームページで地方出身の東大生に呼び掛けている。
「…皆さんがここに来るまでには、いいことも大変なことも、たくさんあったと思います。そしてその経験は、あなたにしか話せません。皆さんとの出会いで、進路、大学選び、もっというと人生が変わる高校生がいるかもしれません。この団体での活動を通して、あなただからこそ伝えられる経験や思いを、仲間と一緒に形にし、全国の高校生に届けませんか?」
もちろん、東大がすべてではない。しかし、進学意欲のある若者が、「教育格差」の犠牲にならない社会を作るためには、社会のリーダーになりうる前途有為のエリートが「頑張れば東大に入れる」環境は必要だ。
(インタビューと記事:原田広幸 KEIアドバンス コンサルタント)