大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部では、「ものづくり」を通して、「課題解決をデザインする力」を持つ人材を育成することを目標としている。
当学部の特徴として、ロボット工学科、システムデザイン工学科、空間デザイン学科の3学科ごとに特色あるカリキュラムが組まれていることが挙げられるが、とりわけ、学部全体を貫く学びの基礎として「デザイン思考」を取り入れている点に、独自性を見ることができる。
「デザイン思考」とは、デザイナーがデザインを行なう際に用いる考え方や発想の手法を発展させ、共感/問題定義/アイデア創出/プロトタイピング/テストを繰り返すことで、従来の手法では解決し得なかった社会課題に対処するためのソリューションを考え導き出す思考法である。海外ではすでに多くの大学でデザイン思考による教育が取り入れられており、これまでにない新たな製品・サービスを創出する人材が多く輩出されている。*注1
2017年の学部開設以来、当学部では、デザイン思考が実践でき、新たなイノベーションを創出できる人材の育成を目指し、デザイン思考関連科目や、数多くの社会連携を通じて、社会課題の発見と解決に取り組んできた。
我々は今回、大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部学部長の井上明(いのうえ あきら)教授へのインタビューを実施し、デザイン思考を基礎とする教育、ならびに、デザイン思考による人材育成に向けた大阪工業大学の新たな取り組みについて話を聞いた。
デザイン思考による人材育成に向けた大阪工業大学の新たな取り組みについて、テーマごとに話を聞いた。
【デザイン思考テストの導入】
Q:デザイン思考力の評価について、2023年から学部生を対象に「デザイン思考テスト」を無料で受検できるよう支援を開始されたとのことですが、このテストの導入に至った経緯についてお聞かせください。
井上:
デザイン思考の授業を受講し、デザイン思考が少しできるようになった後、例えば就職活動の際に学生たちは、「学生時代にデザイン思考の授業を受講していました」、「デザイン思考のプロセスを活用してこういうものを作りました」などのアピールしているようなのですが、言葉だけでなく、客観的な指標で示すことで、より明確に、彼らが身につけたスキルをアピールすることが可能となるのでは、と考えていました。
「私は英語ができます」と言葉のみでアピールする場合と、「TOEIC何点です」と明確な数字で実力を示すことができるのとでは、やはり説得力が全然違ってきますでしょう?
そうして調べていたときにたどり着いたのが、VISITS Technologies社が運営する「デザイン思考テスト」でした。「これだ!」と思い、昨年、学部で初めて導入した次第です。
デザイン思考テストの結果を採用活動の参考にしている企業は何百社もあります。このことは、企業の中でもデザイン思考が認知されており、かつデザイン思考を経験した学生に対するニーズが存在することを示していると言えるでしょう。
【eスポーツプロジェクトの発足】
Q:貴学では以前からOIT PROJECTとして、ソーラーカーや人力飛行機など、さまざまなプロジェクト活動を展開させてこられましたが、2025年4月からは、梅田キャンパスでeスポーツのプロジェクトも始まるとうかがいました。このプロジェクトのねらいや新しい施設について、お聞かせ願えますでしょうか。
井上:
eスポーツプロジェクトは、もともと、学生の課外活動をもっと充実させたいという思いに端を発するものです。ここ梅田キャンパスは都心に立地し、かつ、運動場は別のキャンパスにあるため、残念ながら、ここではいわゆる体育の授業が実施できません。しかし、スポーツというものをもう少し広く捉え、他者と競ったり、自身の能力を高めたりするものだと考えると、eスポーツには学生の課外活動を強化する可能性があると思います。
したがって、我々はeスポーツを単なるゲームとして捉えてはいません。ゲームはメタバースやデジタルツインといった最新テクノロジーの凝縮です。大学がこうした施設を作る背景には、ゲームやeスポーツという切り口から、学生たちの興味を最新テクノロジーにつなげるという意図があります。実際、本学の卒業生たちは、バーチャルリアリティ系の企業や、プログラミングを担当するような部門へ就職していたりもしますので、そういったところにつなげていきたいです。
ただし、これはあくまでも一プロジェクトであり、eスポーツの学科ができるのでも、eスポーツについて学べる授業が増えるということでもありません。ですので、「このプロジェクトを立ち上げて学生はどれくらい集まるだろうか。10~20人くらいだろうか」と、当初は予想をしていたのですが、実際にふたを開けると、70人を超えていました(2024年9月時点)。学生の注目度の高さをひしひしと感じています。
また、eスポーツ施設の新設をきっかけに、本学とNVIDIA(エヌビディア)合同会社との間で連携協定が結ばれました。本学のeスポーツ施設「OIT esports Digital Area」に導入した高性能ゲーミングPCにはすべて、NVIDIA社の最新GPUが搭載されています。さらに、NVIDIA社が開発している統合3次元仮想空間システム「NVIDIA Omniverse(オムニバース)」を活用した最先端デジタルツインの実験場「メタバース実験フィールド(仮称)」も、開設に向けた準備が進行中です。本連携をもとに、eスポーツを通じた企業と学生とのコミュニケーションの場をつくり、本学の教育研究活動をさらに高度化していきます。
【「ものづくり力強化」を目指したカリキュラムの刷新】
Q:貴学部としてアピールしたい新たな取り組みについてご教示ください。
井上:
「ものづくり力」強化です。
「ものづくり力」の強化を図り、2022年度にカリキュラムを刷新しました。デザイン思考の5つのプロセスと授業科目を関連付けることで、「ものづくり」と「知識」を融合させた、梅田キャンパス発の新しいデザイン思考教育にステップアップしています。
学生たちを見ていると、アイデアを考える部分はだいぶできるようになってきました。そこで、次のステップである、プログラムの質や技術力の向上、すなわち「ものづくり力」の強化を目的として、新しい演習科目を設置し、2024年度の3年生よりスタートさせています。
具体的には、これまで学部3年次の履修科目であった「ものづくりデザイン思考実践演習Ⅰ(1・2年次で学んだデザイン思考と基礎知識・技術をベースに、3学科の学生が混在するグループで実社会の課題解決を目指す授業)」を改め、後継科目として、3学科それぞれで「ロボットシステム創造演習」、「システムデザイン実践演習」、「空間デザイン演習Ⅲ*注2、プロダクトデザイン演習Ⅲ*注2」を新設しました(*注2:既存同一科目名だが内容を改変)。
これら新しい演習科目は、ひたすら手を動かし、ものづくりし続ける授業を想定したものです。ものづくりそのものの時間をより増やしていくことが目的であるため、いわゆるコストパフォーマンスとは対極にあります。授業時間が終わってもずっと彼らがものづくりを続けている、そういう状態を実現させたいです。
Q:自分の学生時代を振り返ると、夜遅くまで学生が研究室に残っていたり、なんなら翌朝もそのままいる、もはや研究室に住んでいると言っても過言ではない学生がいたことを思い出します。
井上:
むしろ、今の学生たちはそういった環境を求めている、「鍛えられたい」と心のどこかで思っているのではないでしょうか。自分の好きなものだけを自由に選択できる現在の環境に慣れ過ぎてしまい、それに彼らもどこか物足りなさを感じているからこそ、自分をみっちり鍛えてくれる人のもとや環境に身を置きたい。そういったニーズがあるような気がしています。
Q:潜在的に「鍛えられたい」という欲求があるにもかかわらず、表に出せていなかったり、社会がそういう機会を提供できていなかったりするのでしょうね。
井上:
機会を提供できていないのに加え、1人真剣に取り組んでいると、「なんやあいつ、ええかっこして」といったような周りの声や視線が気になるのかもしれません。私としては、それとは真逆の「いやいや、もうここは没頭するのが普通やねん」という雰囲気をつくっていきたいと考えています。
実際にご覧いただくとよくわかるのですが、作業環境はとてもオープンで、誰かの頑張っている姿がよく見えるつくりになっています。1人で黙々と作業しているのではなく、オープンなエリアで誰かの頑張っている姿を目にする機会があるというのは、学生相互の刺激になっているのではないでしょうか。
また、モチベーションだけでなく、アウトプットの質の部分においても、他者の様子を見ることができる環境は重要です。周りに素晴らしい成果物を作っている学生がいるとすぐにわかるので、「自分ももっとやらないと!」という刺激につながっていると思います。
Q:ロールモデルをどんどん見せることで、それを見た人も成長するという相乗効果が期待できますよね。素晴らしい業績や理想型を近くで見る機会を実体験として作ってあげることは非常に重要であると私も思います。
【中高大連携教育に関する取り組み】
Q:デザイン思考は幼いときから取り組む方が良いとおっしゃっていたことに関連して、貴学では常翔啓光学園中学校との連携教育で、「デザイン思考講座」を実施しているとうかがいました。こちらについて、詳しくお話をお聞きしたいです。
井上:
常翔啓光学園中学校に、「K1クエスト」という大学連携プログラムがあります。ロボティクス&デザイン工学部では、毎年1年生を対象に、「未来の学校や未来の教室をデザインする」というテーマで、簡単なデザイン思考を体験してもらうワークショップを実施しています。テーマに沿って、デザイン思考のプロセスでアイデアを考えてもらい、最後に、粘土やレゴ、ダンボールを用いて簡単なプロトタイプを作って発表してもらう、3時間ほどのプログラムです。
「アイデアは夢物語で構わないよ」と伝えているので、彼らからは「校舎が移動する」であったり、「休み時間になったら廊下が自動的に出てくる校舎」といったユニークなアイデアが飛び出してきます。そして面白いのが、そのアイデアを通して、「彼らが学校生活の何に重きを置いているのか」、また「彼らは今、何に困っているのか」といった、彼らの問題意識が図らずも浮き彫りになることです。例えば上記のアイデアに鑑みると、教室間の移動が大変なのだろうことが推察されますよね。
【デザイン思考を活用した人材育成への取り組み】
大阪工業大学と株式会社富士通総研は共同研究を行い、「ReBaLe(レバレ)」という、デザイン思考を用いた新たな人材育成手法を開発し、第11回情報システム教育コンテスト(ISECON2018)で最優秀賞を受賞している。インタビューの最後に、「ReBaLe」で育まんとする人材、そして、井上先生の今後の展望について話を聞いた。
井上:
「ReBaLe」は「学ぶ」と「創る」が循環する新たなアクティブ・ラーニングの手法で、時代を牽引していく「チェンジメーカー」を育成することを目的としています。
「ReBaLe」による学びのプロセスを簡単に説明すると、まず、身の回りにある既存の社会システム・製品・サービスなどからターゲットを選び、それがどういう「モノ」や「コト」の要素から成り立っているのかを「ばらし」てみます。「ばらす」ことでターゲットの仕組みや機能が「わかり」、「わかる」ことで次の「まねぶ(真似て学ぶことを表す造語)」に進むことができます。ここまでがいわゆる既存の知識・技術を習得する段階です。
そして、「まねぶ」ことで得た知識や技術を応用して、社会の課題を解決する新しいアイデアや仕組みを「つくる」。この「ばらす」「わかる」「まねぶ」「つくる」のプロセスを通じて、「チェンジメーカー」を育成していきます。
今後、「ReBaLe」を授業に体系的に導入することで、「チェンジメーカー」たる学生をよりいっそう育てていきたいと考えております。また、「ReBaLe」を通して、デザイン思考の学びをより多くの方々に提供していきたいです。
【エピローグ:デザイン思考の発想法】
Q:デザイン思考で考えるうえで、先生がよく使われる発想法はありますか。
井上:
例えば、はじめの曖昧としたテーマの中から重要キーワードを抜き出すときにはコンテキストマップを用いたり、あるいは世の中の時代の流れを分析するときにはプログレッションカーブを用いたりします。
また、私の授業の中で学生にワークショップとして取り組ませるのが、ヤヌスコーンです。ヤヌスコーンは、あるテーマに対し、その背景を頭に入れ、基礎知識を増やしたうえで新たなデザインを考えていくための手法です。過去のどの年代にどういう社会事象や重要キーワードがあったのかを抽出し、抽出されたキーワードを年代ごとに並べて分析したのち、未来はどうなりそうかを考えます。
そしてヤヌスコーンで考えたあとに、次はコンテキストマップを作るなどのプロセスを、1年生のデザイン思考の授業で経験します。
あとはホワイトスポット。これはいわゆる既存の製品やサービスをマッピングさせて空白地帯を探し、その空白地帯を埋めるような新しいサービスを考えさせるものです。例えば、「未来の乗り物」と聞いたときに何を重要キーワードとして出すのか、それをマッピングしたときにどこが空白地帯になるのかを考えます。これも本学部では1年生で学びます。
Q:アントレプレナーの教育にも使えそうですね。
井上:
そうですね。あとは、いわゆるマンダラチャートをやらせてみたりもします。これは、9つある枠の中央に重要キーワードを入れ、その重要キーワードから思いつくアイデア8個を周囲に並べ、その後、さらにその8個をどんどん詳細にばらしていくというものです。大谷翔平選手も使っていましたね。この他にもスキャンパーを用いることもあります。こうしたさまざまな方法を用いながらデザイン思考で考え、新しいものをつくる実践を我々は行なっています。
【コラム】
Q:学務や研究から離れたときの時間の過ごし方、あるいは、最近読んだ本や観た映画でお勧めしたいものがありましたら教えてください。
井上:
私は普段、ほとんど映画を観に行かないのですが、この前観た『ゴジラ-1.0』は面白かったです。
自分がなぜあの映画を面白いと感じたのか考えていたのですが、まず一つが、あの作品は、単なる怪獣映画ではなく、人間物語が凝縮されているからだということ。あと一つは、ありがちな話ですけれども、日本のVFXもここまで来たんだという感動によるものだと思いました。例えば海のシーンも、やはり私自身の専門が情報技術系ですので、「これはどうやって作っているんだろうか」という視点でも見ておりましたが、どこからがCGでどこからが実写なのか、大きなスクリーンで見ても全く分からず、本当にすごいと思いました。
また、将来こうしたフィールドで本学の卒業生の活躍が見られると、さらに嬉しく思います。「先生、あれ、ぼくが作ったんですよ」という言葉を聞ければ、教員としてはとても嬉しいですね。
井上明(いのうえ あきら)教授 プロフィール:
大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部学部長。
大阪工業大学工学部経営工学科卒業、同志社大学大学院政策科学研究科政策科学修士課程修了、同大学院政策科学研究科総合政策科学博士課程中退。2008年、同志社大学大学院総合政策科学研究科博士学位取得(政策科学)。教育工学者。情報処理学会員、日本教育工学会員、教育システム情報学会員。一般社団法人ReBaLe推進協議会代表理事。聖泉短期大学、甲南大学で勤務したのち、2017年より大阪工業大学で教鞭をとる。
論文執筆、研究発表のみならず、学外での講演にも精力的に取り組んでいる。
受賞歴:
2007年情報処理学会第68回全国大会優秀賞。2008年情報処理学会情報システム教育コンテスト先進教育賞。2019年情報システム教育コンテスト最優秀賞。
インタビュー:満渕匡彦・原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)
構成・記事:山口夏奈(KEIアドバンス コンサルタント)