大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部では、「ものづくり」を通して、「課題解決をデザインする力」を持つ人材を育成することを目標としている。
当学部の特徴として、ロボット工学科、システムデザイン工学科、空間デザイン学科の3学科ごとに特色あるカリキュラムが組まれていることが挙げられるが、とりわけ、学部全体を貫く学びの基礎として「デザイン思考」を取り入れている点に、独自性を見ることができる。
「デザイン思考」とは、デザイナーがデザインを行なう際に用いる考え方や発想の手法を発展させ、共感/問題定義/アイデア創出/プロトタイピング/テストを繰り返すことで、従来の手法では解決し得なかった社会課題に対処するためのソリューションを考え導き出す思考法である。海外ではすでに多くの大学でデザイン思考による教育が取り入れられており、これまでにない新たな製品・サービスを創出する人材が多く輩出されている。*注1
2017年の学部開設以来、当学部では、デザイン思考が実践でき、新たなイノベーションを創出できる人材の育成を目指し、デザイン思考関連科目や、数多くの社会連携を通じて、社会課題の発見と解決に取り組んできた。
我々は今回、大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部学部長の井上明(いのうえ あきら)教授へのインタビューを実施し、デザイン思考を基礎とする教育、ならびに、デザイン思考による人材育成に向けた大阪工業大学の新たな取り組みについて話を聞いた。
【デザイン思考とは何か】
Q:デザイン思考とは、どの学問分野に類する研究対象でしょうか。
井上:
一分野に分類できるものではなく、幅広く、さまざまな分野にまたがった研究対象です。経営学の方面から研究している方もいれば、人の認知活動として捉えている方もいます。例えば私の場合ですと、教育工学の立場、すなわち授業設計や学習活動という側面からデザイン思考について考えています。
Q:井上先生がデザイン思考をご自身の授業に取り入れるようになったきっかけを教えてください。
井上:
私は、アクティブラーニングや、PBL型(Problem-based Learning:課題解決型学習)の授業設計を専門としています。そこにデザイン思考を取り入れるようになったのは、従来のPBL型学習における学生たちのアウトプットの質に問題があると感じたことがきっかけです。
従来のPBL型学習の問題点として、授業設計の曖昧さが挙げられます。具体的には、授業の際、例えば防災などの社会的テーマを一つ挙げ、「防災に関する新しい何かを考えよ」というような課題を与えるところまでは指示を行なうも、課題の進め方や課題解決のプロセスについては説明をせず、課題の進行がすべて学生任せになっている状況です。
この授業設計の場合、学生たちは課題解決のための道筋が曖昧なまま課題に取り組むことになるため、期待したような成果が得られる可能性は極めて低くなります。それにもかかわらず、教員側は、「授業はちゃんと進んでいる」と勘違いをし、安心してしまうのです。それはなぜか。学生たちが集まってグループワークをしていると、彼らがそこで何かを学んでいる「ように見え」てしまうからです。
恥ずかしながら、昔は私もそうした授業をずっとやってしまっていました。ただある時、このやり方で出てくるアウトプットの質があまり高くないばかりか、ありきたりで新鮮さに欠けるものばかりだと気がついたのです。
この問題を解決するには授業設計をどう変えるべきか、頭を悩ませていたときに出会ったのが「デザイン思考」でした。この考え方をきちんと授業の中で彼らに教え、正しくステップを踏めば、ある程度のアウトプットの質は担保できると思い、現在も授業にデザイン思考を取り入れ続けています。
例えば、小学生の夏休みの自由研究でも、テーマや取り組み方まですべて自由と言われてしまうと、どうしたらいいのか分からず、手をつけにくい人が多いのではないでしょうか。しかし、それは当然で、何も経験したことのない人に、研究の手順や指標も与えず、「よく考えて取り組んでください」と言うのは無茶な話です。指導者は子どもたちに対し、きちんと順序付けて、「1にこれをやって、2にこれをやってください。そして、これをやるためには基礎知識としてこれが必要ですよ」と指導する必要があります。それをせずに、「とりあえずやってみなさい!それがアクティブラーニングだ!」というのは、個人的に、PBL型の授業としてあまり意味を成していないように思います。
Q:デザイン思考の習得にはどれくらいの時間を要するのでしょうか。例えば、大学1・2年生、あるいは高校生以下でも、講義を受講すればすぐに習得できるものなのでしょうか。
井上:
私の経験から申し上げますと、デザイン思考を自分のものとして習得するには、やはりかなりの時間を要します。一度学んだからといって、すぐに身につくものではありません。
もちろん、デザイン思考のプロセスを知るだけであれば、十数回の授業へ出席するだけで十分です。しかし、それを自分のものとして運用できるようになるまでには、さまざまな場面においてデザイン思考でものごとを考える実践経験が必要となります。
加えて、早い段階からデザイン思考の手順を繰り返し練習することも大切です。例えばアメリカでは、デザイン思考の授業を設置している高校もあります。若いうちから何度も反復練習を行なうことで、デザイン思考を本当の意味で体得できるようになるのです。この点において、デザイン思考の習得は、知的な営為として恒久的なものを含んでいると言えるでしょう。
Q:デザイン思考の習得と偏差値との間に相関関係はあるのでしょうか。それとも、トレーニング次第では誰でも身につけることができるものなのでしょうか。
井上:
こちらも私個人の感覚による回答となりますが、偏差値の高低とデザイン思考の出来不出来は、私は別であるように思います。試験で試されるのは、そのほとんどが記憶と再生です。他方、デザイン思考で要求されるのは主として発想力であるため、正解を覚え、単に再現するような記憶力は、ほとんど関係ありません。
しかし、重要なのはここからです。デザイン思考においてアウトプットの質も追求する場合、やはり基礎学力や基礎知識を備えているほうが、必ず良いものができると私は思います。なぜなら、いくらデザイン思考のプロセスを使ったとしても、基礎知識がない状態でアウトプットの質を高めるのは非常に困難だからです。
例えば、頭の中に知識が10個ある人と100個ある人を比べると、アイデアの引き出しの差は歴然ですよね。そしてそれに伴い、アウトプットの質も大きく異なってくることは想像に容易いでしょう。
したがって、デザイン思考を実践し、なおかつアウトプットの質も高めようとすると、基礎学力や基礎知識も必要となってくると私は考えます。デザイン思考といえども、ゼロからは何も生まれません。以上を踏まえると、デザイン思考とは、頭の中にある個々の知識を組み合わせる、その発動のスイッチのようなものだと言えるのではないでしょうか。
また学生たちも、「知識は10個しかないより100個ある方が有利だ」ということが経験的に分かると、学びに対するアプローチが変わってきます。より勉強に励むようになったり、モチベーションが変化していったりする様子は、よく見受けられますね。
Q:デザイン思考教育の成果を感じた出来事についてお聞かせください。
井上:
本学部ができて早7年となりますが、デザイン思考を繰り返しやってきたことで、学生たちの学びの活動に成果が出てきたように感じます。
2023年のレスキューロボットコンテストにおいて、本学部の学生チームである梅田ロボットプログラミング部「UP-RP(ウーパールーパー)」が、「ベストロボット賞」「日本ロボット学会特別賞」「消防庁長官賞」「計測自動制御学会特別賞」の4冠と、最も権威ある「レスキュー工学大賞」を受賞しました。
彼らは他チームが作らないような形のロボットを作ったり、あるいは他チームが考えつかないような機能を付け加えたりしていました。彼ら自身はそれをデザイン思考の成果とは言わないかもしれませんが、私はこれぞまさしく、デザイン思考の成果だと思います。「課題解決のためには具体的に何をしないといけないのか」を無意識に考えることができており、それがアウトプットとして出てきたのではないでしょうか。
ちなみに、本学部には3学科がありますが、学生たちは学科を越えた横断的な取り組み、例えばこうしたロボットコンテストのような正課以外の活動においても、割とすぐに打ち解け、取り組み始めることができます。これは本学部の学生気質の一つでもありますね。
【大阪工業大学におけるデザイン思考教育】
Q:デザイン思考の第一のプロセスである「Empathize(共感)」について、「共感する」ということは、考えようによっては教えられるものではないような気もしてしまうのですが、「『共感する』ことを学ぶ」とは、いったいどういうことなのでしょうか。
デザイン思考の5つのプロセス
(出典:大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部ホームページ(https://www.oit.ac.jp/rd/outline/design.html))
井上:
例えば、目の前にいる人がどういう意識を持っているのか、もし自分が相手の立場だったらどう思うか、といったことを、インタビューや観察を通して少しずつ探っていくようなプロセスが「Empathize(共感)」です。自分が共感しやすい人だけでなく、全く興味のない、初対面では共感しようもないような人が対象であったとしても、「この人は何を考えているのだろう」、「何に困っているのだろう」ということを、徐々に自分事として考える。いわばトレーニングだとお考えください。
コロナの影響で一時期オンライン授業になり、対面での接触が少なくなったことに加え、近年は汚いものや危険なものから子どもたちを遠ざけるように、時代が変化しました。その結果、子どもたちが直接的に何かを経験する機会が一気に減ってしまい、共感力、すなわち、相手が何を考えているのかを感じ取る力が衰えてしまった、少なくとも、そうしたことを学べる機会が減ってしまったように感じます。
加えて、今は自分の好きなものだけを選ぶことができる時代でもあります。そうした中で、極端にいえば興味の対極にあるような、普段ならまったく興味を持たないであろう対象にも、デザイン思考を通して触れられる機会があることは、特にコロナ禍以降、より重要な意味を持ったように思います。興味が湧きにくい対象ほど、積極的にコミュニケーションをとらないと、なかなか共感に至ることはできませんから。
Q:先ほどのお話で、デザイン思考の授業の際、課題解決のプロセスについてはしっかりと指示を出されているとのことでしたが、研究テーマについても初めは提示をされるのでしょうか。それとも、テーマは学生に自由に決めさせているのでしょうか。
井上:
デザイン思考の第1回目の授業では、まずは教員が研究テーマ、ターゲットを指定し、解決のためのプロセスも指示したうえで、学生たちには課題に取り組んでもらいます。入学したての1年生に、「自分で興味のあるターゲットを探してきなさい」と言ったところで、「自分の興味」がまだわからない人も多いからです。
小学校の自由研究でも、研究テーマや研究プロセスを自由に発想できる人もいれば、当然できない人もいますよね。そのときに、例えば、「誰かが困っている課題を探してみよう」というようなテーマが与えられれば、後者でも少しそこに集中して考えることができるのではないでしょうか。先ほども申し上げましたが、一度も研究プロセスを経験しないまま「自由にやってみなさい」とすべて託されても、それはやはり困難です。きちんとしたプロセスを踏まないことには、自由研究はなかなか難しいと思います。そうした意味でも、問題を発見し、課題を解決するためのプロセスが学べるデザイン思考を、小学校から取り入れた方がいいと思いますね。
やや話が逸れますが、私はデザイン思考に関する外部講演会をするときに、常々、「最初は型から入る必要がある。まずは型をきちんと身につけよう」という話をしています。十八代目 中村勘三郎さんも「型があるから型破り。型がないと型なし」とおっしゃっていましたが、私もこの考えに深く共感します。
デザイン思考においても、重要なのは「守破離」なのです。「守破離」とは、歌舞伎や華道、茶道等の日本の芸事において、人が知識やスキルを身につけていく過程を示した言葉です。私はこの考え方を素晴らしいと思っており、実はこの「守破離」の手法を、私のデザイン思考の授業に取り入れています。
具体的には、大学1、2年生のときに徹底的に「守」をやり、卒業研究で「破」のあたりまでたどり着いて、大学院になるとようやくオリジナルの「離」へ至るようなイメージです。
デザイン思考の第1回目はまさに「守」。こちらからテーマを与え、課題解決の手順について指示を出すことで、学生たちに基礎・基本の型をきちんと身につけさせます。この「守」ができるようになって初めて、少し自分のアイデアも入れて、基本から少し離れること、すなわち「破」にトライさせてみます。そして、「破」もできるようになってようやく、オリジナルの発想、すなわち「離」へ進んでも良いと指導してします。つまり、「守」「破」ができていないのに、いきなり「離」に進むことが決してないよう注意が必要なのです。
Q:学問分野が違っても通用するような研究の方法論、汎用性のある「型」、さらにはビジネスでも活用できる思考のプロセスを、デザイン思考として提案できること、そしてそれを大学で学べることは、非常に画期的だと思いました。
井上:
汎用性があるというのが、まさしくデザイン思考の魅力です。我々はものづくりの方面でデザイン思考を取り入れていますが、おそらく経済分野や経営分野、教育分野など、さまざまな方面で活用が可能であると考えます。
「ものづくり」というと、0から1を生み出していくイメージがあるかと思いますが、他方、1から無限大、つまり元々あるものを別の発想で違うものに展開することもまた「ものづくり」です。そして、課題解決への新たなアプローチを求められている点において、後者はまさに、デザイン思考的であると言えるでしょう。
2025年4月開始、eスポーツプロジェクトは後編にて!
井上明(いのうえ あきら)教授 プロフィール:
大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部学部長。
大阪工業大学工学部経営工学科卒業、同志社大学大学院政策科学研究科政策科学修士課程修了、同大学院政策科学研究科総合政策科学博士課程中退。2008年、同志社大学大学院総合政策科学研究科博士学位取得(政策科学)。教育工学者。情報処理学会員、日本教育工学会員、教育システム情報学会員。一般社団法人ReBaLe推進協議会代表理事。聖泉短期大学、甲南大学で勤務したのち、2017年より大阪工業大学で教鞭をとる。
論文執筆、研究発表のみならず、学外での講演にも精力的に取り組んでいる。
受賞歴:
2007年情報処理学会第68回全国大会優秀賞。2008年情報処理学会情報システム教育コンテスト先進教育賞。2019年情報システム教育コンテスト最優秀賞。
インタビュー:満渕匡彦・原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)
構成・記事:山口夏奈(KEIアドバンス コンサルタント)