2024年3月、立命館大学は新たな学部および大学院「デザイン・アート学部/デザイン・アート学研究科(仮称)」を衣笠キャンパスに設置する構想を発表した。2026年4月の開設に向けて、現在も整備が進められている。
デザイン・アート学部/デザイン・アート学研究科(仮称)の掲げる目標は、教育を通して美的感性に裏打ちされた「問題解決力」「問い直し力」「共創力」「問題発見力」「創造的思考力」を総合的に体得し、クリエイティブで柔軟な思考を持ち、創造性に満ちた未来社会像を具現化できる人材の育成である。
その目標を達成するため、美的感性を基盤とし、デザインとアートを統合的に扱う未来志向の「新しいデザイン学」の創出を目指すとともに、「プロジェクト参加」をカリキュラムの中心に据え、社会の中でデザインやアートがつくられていくプロセスを学生が直接経験できる体制を整えてきた。
我々は今回、新学部/研究科の設置構想に当初からかかわる立命館大学経営学部の八重樫 文(やえがし かざる)教授、ならびに同大学総合企画部の太田 猛(おおた たけし)部長へのインタビューを実施し、新学部/研究科開設の背景や教学の軸、従来の芸術系学部との違い、京都に立地する総合大学でデザイン・アートを学ぶ意味等、現在検討中の設置計画を含め、開設に向けた思いを深く聞くことができた。
※設置計画は予定であるため、内容は変更となる場合がある。
【大学院構想】
Q:デザイン・アート学部ならびに大学院について、開設の背景や学びの中心となる考え方を教えてください。
太田:
大学院を例にとってご説明させていただきます。学部と大学院を同時に新設しますので、当然ながら、学部の卒業生がいない状況で、大学院が開設されることとなります。そのため、博士前期課程(=修士課程。以降、修士課程と表記)の入学定員20名のうち、半数以上を社会人で想定しております。
デザイナーやアーティストと呼ばれる方、あるいは、その肩書きはなくとも、クリエイティブな業界で就業している方を合わせると、現在、デザイン系の業界で活躍されている方は相当数いらっしゃいます。しかし、その中で学位を取得されている方は、実はそれほど多くありません。デザイン・アート学研究科としては、こういった学位を持たないデザイナー/アーティストの方たちに入学していただきたいと考えています。
現在、デザインの考え方は、非常に細分化されています。その細分化された世界において、各分野で活躍されているデザイナー/アーティストの方々には、自身の経験値や特定の分野でのスキル等を理論化・抽象化し、自らの価値を定義づけることに対するニーズが存在します。
「デザインやアートの世界で、自身の経験やスキルはどのように位置づけられるのか」
それを定義づけるために、デザイン・アート学部/デザイン・アート学研究科では、さまざまに細分化されたデザインの応用分野や、すでに適用されている事例を、アートの感性を基盤として集約・収れんし、「デザイン・アート学」として、その全体像を改めて描き直そうとしています。
他の大学でも、例えば「デザイン思考」といった、デザイナーがデザインを行なう際に用いる考え方や発想の手法を発展させる思考法など、デザインの考え方にインスピレーションを得たアプローチを取り入れているところはありますが、我々が提供したい学びは、そうしたデザインの一形態のみを切り出したものではありません。
デザイン・アート学部/デザイン・アート学研究科の教学の軸は、先ほども申し上げたとおり、「デザインやアートを、アートの感性を基盤として総合的に考えること」、すなわち、デザインがさまざまに細分化している現在の状況下で、それらをすべて「アートの感性を基盤としたデザイン学」に集約し直すところにあります。
デザイナー/アーティストと呼ばれる方々が個々に培ってきた経験やスキル、知識を体系化していくことにより、「アートの感性を基盤としたデザイン学」の中で、これまで自分が取り組んできたことを定義化していただきたい、自分がやってきたのはこういうことだと論理立てて示すことができるようにしたいのです。
この点が新研究科と、他大学との一番の違いだと認識しています。もちろん、この考え方は学部も同様ですが、社会人を例に出すほうが伝わりやすいと思い、大学院についてお話させていただきました。
Q: 先ほど、現在のデザイナー/アーティストには学位取得に対するニーズがあるとおっしゃいました。では、実際に学位を取得したあと、彼ら/彼女らにはどういった形での活躍を期待されていますか。学位を持ったデザイナー/アーティストとして再スタートを切る、組織のリーダー、あるいは教職等の指導的な立場に就く等、想定されている出口戦略についてご教示ください。
八重樫:
我々が世に送り出したいのは、「学位を持ったデザイナー」です。学位があることで、現存の領域を超えて活躍できる新しいデザイナー/アーティストを生み出したいと考えています。従来のデザイナーやアーティストができなかったこと、いわゆる学問的な領域や、学位を持たないために制限されていたところにも、より広く挑戦していけるような人材を育成したいです。したがって、我々の考え方は、「今あるフィールドで活躍する方たちに学位をプラスする」ものではありません。
先ほど太田も申し上げたとおり、現在、「学位を持ったデザイナー/アーティスト」は、ほとんどおりません。学位を持たないために、これまでアーティストは、理論的なことや理知的なことには対応できないとみなされてきました。また、デザイナーは、デザインが指すものが社会的・企業的な行為であるほど、自己表現を制限されてきました。加えて、彼ら/彼女らが企業で役職に就くことも、ほとんどありませんでした。
この点において、彼ら/彼女らに修士あるいは博士という学位があれば、学問的な知見を持っていることが証明されるだけでなく、企業組織の中で、より上位の役職に就ける可能性さえ生まれてきます。
従来、「○○アーティスト」という肩書きが、ややもするとレッテルとしてネガティブに働いていたのに対し、「学位を持ったアーティスト」という肩書きを得ることで、よりいっそう自身の活動を社会的に広げていくことができるようになるのです。
デザイナーにおいても、「学位を持ったデザイナー」であることで、従来のような、仕事を請け負い、クライアントの要求に応えるだけの在り方ではなく、自分から仕事を生み出したり、企業の経営に関わる役職に就き、デザインの仕事を広げていくような人になれると期待しています。
例えば、産業デザイナーとしてプロダクトデザインをやっていたような方が、社内で役職に就き、会社全体の意思決定にも参画できる立場になったり、あるいは、社会発信という面で苦労していたデザイナーやアーティストの方が、学位を持ち社会的に認知してもらうことで、より発言力や発信力を持ったりする。具体的な出口戦略としては、こうしたデザイナー/アーティストを増やしていくことをイメージしています。
【学部構想】
Q:学部構想についても、大学院と同様のイメージでしょうか。
八重樫:
そうですね。ただし、学部のほうは入学定員180名と、大学院より規模が大きいため、すべての学生が、将来、企業のリーダーになるわけでもなければ、デザイナーやアーティストになるわけでもありません。その点で、大学院よりも多様なパスを描く必要があると思っています。
しかしながら、我々が一番求めたいのは、「デザインの中心性をしっかりと再構築すること」です。現在の社会では、デザインが多様な分野に拡散する一方で、その中心性が失われつつあります。つまり、デザインの本来持つ社会的意義や目的が薄れ、私たちの生活文化の文脈を無視した単なる装飾や、機能性のみに特化したものにとどまることが多く見受けられるということです。この状況では、デザインの力を十分に発揮できず、社会的な課題解決や価値創造におけるデザイン本来の役割を果たしきれていません。
そこで、私たちは「アートの感性を基盤としたデザイン学」という統合的な視点から、社会にデザインの中心性を取り戻し、再構築することを目指しています。大学院生同様、学部生にもこの視点をもとに学びを深めてもらい、学位を得ることで、確かなデザイン能力をキャリアの核に据えてほしいです。そして、そのデザイン能力を基に、幅広い分野で活躍し、デザインが持つ本来の力を発揮して社会に貢献できる人材になってほしいと思います。
卒業生の中には、従来の企業の中で、あるいは個人で、デザインを生業とする人も出てくるでしょう。また現在、金融系やコンサル系の業種でも、デザイン職が増えてきており、この流れは今後加速していくことが予想されます。特にこのような分野では、デザイン能力が極めて重要視されており、今後、需要はますます高まっていくでしょう。こうした従来デザイナーとしては職がなかった領域や、従来のクリエイティブ部署以外の新たな領域で、自身のデザイン力を生かして仕事をしていくような人が増えていくことも期待しています。
Q:例えば貴学の新学部で学び、デザインのスキルや知識、学問としてのデザイン学を修得した学生が、従来クリエイティブ人材を必要とはしていなかった企業や部署で活躍していくことが新学部/研究科の将来構想だとすると、「アートの感性を基盤としたデザイン学」「学位を持ったデザイナー/アーティスト」というものに対する企業側の認知も、同時に広めていく必要があると感じました。この点に関して、企業、ひいては社会全体といった、学生を受け入れる側に向けたメッセージも構想、あるいは発信されているのでしょうか。
八重樫:
ここで鍵となってくるのが、先達としての「学位を持ったデザイナー/アーティスト」たちの存在だと私は考えています。
「これまでもデザイナーやアーティストとして活躍されていた方が、なぜ今、改めて学位を取得する必要があるのか」
「なぜ『学位を持ったデザイナー/アーティスト』を輩出する必要があるのか」
このことと、彼ら/彼女らが今度は社会的な評価者となっていくこととの間には、大きな関係があります。
その関係とは、新学部/研究科を卒業し、デザイン力をコアとして未知なる課題に挑戦できる能力を持った人材を、より社会的な広いフィールドで雇い、活かすことができる人として、「学位を持ったデザイナー/アーティストたち」が先達として待っている、というものです。つまり、学部と大学院の同時開設は、一つの出口戦略にもつながっていると言うことができます。学部と大学院との間で、こうした関係をうまく構築していくことも、我々の目標の一つです。
【プロジェクト中心の学びを通じた教育と産学連携】
Q:企業連携、社会連携、自治体連携等について、現段階での構想を教えてください。
八重樫:
幾つかのパターンを構想しています。
新学部/研究科では、さまざまなプロジェクトに参加することを、カリキュラムの中心に据えています。社会的正当性を持ったプロジェクトを行なうという意味で、学内だけでなく、企業や自治体などとコラボレーションする機会を学生に提供できるよう、体制を整えました。学生たちにものづくりや表現、また多様なステークホルダーの関係調整プロセスを直接経験してもらうのがねらいです。
企業にお勤めの方に大学へ来ていただいて、講義をしてもらうことに価値はあれども、我々のプロジェクトとしては、そこに社会的正当性はありません。大学という空間のなかだけではどうしても、企業活動の文脈が途切れてしまうからです。そこで、学生たちが大学の「外」に出て、実際に企業が活動している場や、企業とともに新たな場所へ行き、そこで仕事をしている人たちとともにプロジェクトを展開させる形での直接経験を「プロジェクト型(直接経験型のプロジェクト参加)」として、推進していきたいと考えています。
また現在、社会的な風潮として、デザインやアートの能力を持った人が管理職に求められています。この状況に鑑みると、単に募集要項を公開し、大学院を開設して入学者を待っているだけではなく、大学側から企業にアプローチするような形をとることができればと考えています。具体的には、企業内の研修プログラムであったり、役職者に対する教育と学位取得を合わせるようなものです。あくまでも構想の段階ですが、授業の一環として企業と連携する以外の、こうした企業連携の在り方も実現させたいと思っています。
加えて、将来的には新学部/研究科で、企業のR&Dを請け負う、デザインを発注していただく、あるいは実際にコンサルティングをするといったことまで実現させられると良いですね。
【修士課程の履修制度、修了認定について】
Q:先ほど、大学院入学者の半数を社会人で想定しているとおっしゃいました。社会人の履修プログラムについては、どのように構想されていますか。
八重樫:
多忙な方でも短期間で学位を取得できるよう、修士課程では、社会人を対象とした1年制のカリキュラムを考えています。本来2年間で修めるカリキュラム(修了単位数:30単位)を、1年間で修め切ることができるように、現在検討中です。
Q:修士の学位を1年間で取得できることは魅力的である反面、仕事との両立を目指してゆっくり履修したいというニーズもあるように思います。社会人を対象とした履修方法として、長期履修制度やオンライン授業、土日開講などの制度は準備されるのでしょうか。
八重樫:
まず、1年制カリキュラムで履修する社会人に対しては、できるだけオンライン授業を活用したいと考えています。従来の通学型の場合、社会人への対応として、夜間や土日にも開講する必要がありました。しかし、オンデマンドやオンラインコミュニケーションを整備すれば、平日でもかなり自由度が高い時間の使い方が可能となり、学生も我々教職員も、ワークライフバランスを保ちながら貴重な時間を有効に使うことができます。
ただ、ご指摘の通り、じっくり学べる環境も重要ですので、修士課程については、主として社会人を対象とした1年制と、従来の2年制の、二つの課程を設置する予定です。2年制は社会人に特化しないというだけですので、社会人が2年制課程を選択してもらうことに全く問題はありません。
Q:新研究科の修了要件について教えてください。
八重樫:
社会人の1年制課程では、自身の研究テーマやプロジェクトを持った上で入学してくる形を取りたいと考えています。そのため、修了要件については「課題研究」という枠とする予定です。しかし、単に何かをつくる、実践を報告する、ということだけでは認定せず、修了にあたっては、その方法・プロセスや成果の学術的・社会的意義を検討した論文を一緒に提出していただくことを考えています。
ただし、一概に論文とは言っても、いわゆる学術論文形式の場合もあれば、制作プロセスを解説するような論文の場合も考えられます。あるいは、とある課題に対するソリューションを提示するような論文でも結構です。必ず全員に論文を執筆していただきますが、そのボリュームやバランスは、各人の研究テーマや研究方法によって変わってくるようなイメージをしています。
Q:新学部/研究科の学位名称である「デザイン・アート学」について、似たようなもので、英語の“Arts and Design”のほうが見慣れているように感じました。新学部/研究科の目指されるところが、既存の学問には当てはまらない新しい学問体系ということからこうした学位名称になったのではないかと推察されますが、これは貴学が独自につくられた学位名称なのでしょうか。
八重樫:
確かに、片仮名で「デザイン・アート(学部)/デザイン・アート学(大学院)」という学位名称は、日本でもほぼ見られないと思います。しかし、我々が独自にこの学位を考えたというよりは、世界の共通語として確立されている、英語の“Arts and Design”を日本語でどう表わすかということだけの問題で、広くアートとデザインを学んだことを認める学位である点において、大きな違いはありません。
しかしながら、デザイン・アート学部/デザイン・アート学研究科の中心的なコンセプトが、「アートの感性を基盤としたデザイン学」を学びのコアに置くことであることに鑑みると、「デザイン・アート/デザイン・アート学」という学位名称であるほうが、新学部/研究科のコンセプトには合致しているように、私は思います。
[後編]につづく
八重樫 文(やえがし かざる)教授 プロフィール:
学校法人立命館 総合企画室 室長/立命館大学 デザイン・アート学部 デザイン・アート学研究科(仮称)設置委員会 副委員長/立命館大学 経営学部 教授/立命館大学DML(Design Management Lab)チーフ・プロデューサー。
1973年北海道江別市生まれ。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。
デザイン事務所勤務、武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科助手、福山大学人間文化学部人間文化学科メディアコミュニケーションコース専任講師、立命館大学文理総合環境・デザイン・インスティテュート准教授、同経営学部准教授を経て、2014年より同教授。2015、2019年度ミラノ工科大学訪問研究員。
専門はデザイン学、デザインマネジメント論。
主著に『新しいリーダーシップをデザインする』『デザインマネジメント論のビジョン』『デザインマネジメント論(ワードマップ)』(新曜社)、『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)、
訳書に『突破するデザイン』(日経BP社)『デザイン・ドリブン・イノベーション』(クロスメディア・パブリッシング)『日々の政治』(BNN)など。
インタビュー:満渕匡彦・原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)
構成・記事:山口夏奈(KEIアドバンス コンサルタント)
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