KEIアドバンス(河合塾グループ)では、2023年12月から2024年1月にかけて、全国の国公私立大学の学長を対象とした大規模なアンケート調査を実施した。
本アンケートの目的は、大きな変化の渦中にある教育界において、大学経営の取り組みを全国の学長にうかがい、その内容を集計・分析し、各大学に今後の経営の方向性を探っていただくためのヒントを提供することにある。
学校基本調査(2023年度)の対象となった全国の大学・大学院大学812校にアンケートへの協力を依頼したところ、370校から回答が得られ、回収率は45.6%であった。
なお、回答に協力いただいた大学の内訳は、国立大学44校(/86校;回収率51.2%)、公立大学48校(/99校;回収率48.5%)、私立大学278校(/627校;回収率44.3%)である。
図1 本アンケートに協力いただいた大学の内訳
本アンケートでは、「貴学が果たしている大学としての役割」といった大学の存在意義を問う質問から、経営・財政、学生募集・広報、教育・研究、ダイバーシティ・ジェンダー・格差是正・環境等に関する質問、さらには「2040年以降を見据えたときの、現在の大学の課題」などについて、幅広く学長の意見を聞いた。
その中でも、特にインパクトのある結果を得られたのが、学生のメンタルヘルスに関する質問である。
図2 学生のメンタルヘルス、学生の退学・休学への対応における課題・困難
本質問は、学生のメンタルヘルスへの取り組み、学生の退学・休学への対応について、各大学が課題や困難に感じていることを問うたものである。なお、回答にあたっては、複数項目の選択を可とした。
図2のうち、回答項目(a),(b)が学生の状態を(グラフ青・オレンジ)、回答項目(c)~(e)が学生のメンタルヘルスに対する各大学の対応状況を示している(グラフ緑・赤・紫)。
まず、学生の状態について、アンケートに協力いただいた370校のうち316校もの大学が、(a)「メンタルヘルスに問題を抱える学生が増えている」と回答した。割合にすると85%にも上る、非常に高い数値である(回答項目(a):グラフ青)。
続いて、学生のメンタルヘルスに対する各大学の対応状況について見ていく。
(c)「学生のメンタルヘルスの状況を把握したいが出来ていない、もしくは不完全である」と回答した大学が15%(55校;グラフ緑)、
(d)「学生のメンタルヘルスをケアするための専門の部局がない、もしくは不完全である」と回答した大学が9%(33校;グラフ赤)、
(e)「学生のメンタルヘルスを把握し、ケアするための専門スタッフがいない、もしくは確保が難しい」と回答した大学が7%(27校;グラフ紫)
という結果であった。
回答項目(c)~(e)は、「学生のメンタルヘルスをケアするための対応が不完全だ」という内容を表わす点で共通している。これを踏まえると、反対に、回答項目(c)~(e)を選択しなかった大学は、「学生のメンタルヘルスをケアするための対応が十分にとれている」と回答した、とみなすことができよう。
すなわち、「学生の状態」と「各大学の対応状況」の結果を総合したとき、本質問への回答結果は全体として、学生のメンタルヘルスをケアするための対応が十分にとれているにもかかわらず、「メンタルヘルスに問題を抱える学生が増加した」と感じている大学が非常に多いことを示しているのである。
では、その大学数は、実際どの程度のものであろうか。より仔細な分析を加えていく。
本質問は複数回答が可能であるため、「対応不完全」を表わす回答項目(c)~(e)を選択した大学には、同一大学が一定数含まれている。これらを整理したところ、「学生のメンタルヘルスへの対応が不完全だ」と回答した大学(回答項目(c)~(e)を一つでも選択した大学)の実校数は89校であった。
この89校のうち、回答項目(a)「メンタルヘルスに問題を抱える学生が増えている」も同時に選択していた大学、すなわち、「学生のメンタルヘルスへの対応が不完全であり、メンタルヘルスに問題を抱える学生が増えている」と回答した大学数は、72校である。
ここで、回答項目(a)「メンタルヘルスに問題を抱える学生が増えている」と回答した大学数が316校であったことを踏まえると、316-72=244校もの大学が、学生のメンタルヘルスをケアするための対応が十分にとれているにもかかわらず、「メンタルヘルスに問題を抱える学生が増えている」と回答したことがわかる。割合にして、およそ77%。驚くべき数字と言えるだろう。
さらに、国公立大学、私立大学、全体に分けて分析した結果を、次の表1・2に示した。区分して見ても、いずれも70%前後の高い割合で、学生のメンタルヘルスをケアするための対応がとれているにもかかわらず、「メンタルヘルスに問題を抱える学生が増えている」と感じている大学が存在することがわかる(表2)。
表1 メンタルヘルスに問題を抱える学生の増加
*1 分母は、本アンケートに協力いただいた大学数
表2 学生のメンタルヘルスへの対応状況
*2 分母は、(a)「メンタルヘルスに問題を抱える学生が増えている」を選択した大学数
*3 分子は、回答項目(a)を選択し、且つ、(c)~(e)を一つでも選択した大学数(重複なし)
このように数値が高止まりしている背景には、大学を取り巻くどういった状況があるのだろうか。自由記述の回答を参照すると、「カウンセリングスタッフが不足している」ことや、それに関連する「人件費を含めた支援体制の維持コストが大きい」ことなどが挙げられていた。財政面での負担がネックとなっているようである。
また、専門の部局や専門のスタッフを置いてはいるものの、「問題を抱える学生数に対し、スタッフ数が追いついていない」、「タイムリーに対応したいが、学生から相談がなければ難しい」、「メンタルヘルスの問題が複雑化しており対応に追われている」といった現状があることもわかった。
コロナ禍以後も、学生のメンタルヘルスに係る問題は減少することを知らず、むしろ増加の傾向を感じている大学も少なくないようだ。本アンケートでも、「コロナ禍のオンライン授業から通常の授業形態に戻っていく環境の変化に適応しきれず、不調を訴える学生が、少ないながらも存在している」との回答がみられた。
人のメンタルの強さはさまざまで、何に不安を感じるのかも人それぞれである。社会が変化する中で、以前にはなかった悩みの種が生まれてきているのも、また事実だ。それらに一つひとつ対応していくことの難しさは計り知れない。しかし、大学にはこの難題への対応が求められているのである。
学生の心の健康を守り、充実した学生生活を保障するため、そして、未来を担う優秀な人材を育成するためにも、学生のメンタルヘルスに対する社会全体での効果的な対応策・制度の整備が急がれる。
他の設問と回答結果のサマリー(簡易版)は、下記リンク先にて確認できる。
記事・構成:山口夏奈(KEIアドバンス コンサルタント)