「自分のことを振り返ってみても、18歳で自分の将来を決め切って大学に入学してくる学生はなかなかいないものです」そう語るのは甲南大学の中井学長。だからこそ甲南大学には、学生たちの成長を促す彩り豊かな仕掛けがたくさんあるという。また、岡本の地に100年以上立地する大学としての地域に対する思い、大学の新たな可能性への期待、そして学生たちへの願い……学長として、また一人の教員として、あたたかく力強いメッセージをいただきました。
甲南大学[後編]
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■「将来が決まっていないからこそ甲南大学に来たらいい」
学生の可能性を開花させる「KONAN彩り教育」
【可能性を拡げる「彩り教育」】
--貴学に入学される学生の中には、自分の将来について決め切れていない方も少なからずおられるのではないかと推察します。そうした学生たちに対して、「それでもいいんだ、むしろそのほうがいいんだ」というようなメッセージは積極的に出されているのでしょうか。
はい、そのようなメッセージも出しています。たしかに、しっかりと目標を決めて入学し、ゼミに入り、その分野の研究を究めていくのは、とても素敵なことです。一方で、本当に素直にのびのびと成長してきて、大学で「さあこれから!」という学生たちもおります。彼らに対しては、「なかなか自分の未来と言われても分からないよね。だから、本学でそれを見つけましょう」とメッセージを送っています。
彼らのために、他者とは少し違った何かに挑戦できるような、さまざまな仕掛けを学びの中にちりばめています。資格取得をねらうことができたり、副専攻を選択することができたりといった例が挙げられますが、そのうちのどれか1つでも自分にぴったり合うものが見つけられたとき、その学生は見違えるほどの成長を遂げるのです。これを私たちは、「KONAN彩り教育」と呼んでいます。
ただし、これは教育プログラム自体が多様性に富むことだけを意味するのではありません。私たちの教育の方針は、基本としてしっかりと高等教育を授けたうえで、そのほかにもう1つ、他者とは違う自分の個性を磨いたり、自分の将来が見つけられたりする仕掛けを通じて、学生個々の可能性を少しでも伸ばしてあげることです。他者とは違う差し色を入れることで、他者とは違うファッションができあがるようなイメージだと捉えていただければよいかと存じます。
オープンキャンパスでも、高校生に向けてメッセージを送っています。「将来が決まりきっていないからこそ甲南大学に来たらいい。ほかの人とは違うあなたの可能性が見つかるかもしれないよ」と。
--さまざまな仕掛けがあるとおっしゃいましたが、中でも特徴的で面白い仕掛けや取り組みはございますか。
共通教育にもさまざまな彩りがあります。8学部・1学環がそれぞれの彩りを考えておりますが、中でも特徴的なのは、先ほどからたびたび話題に上がっている心の問題と関連して、公認心理師の資格が取れるチャンスが全学生に開かれていることでしょうか。
昨今注目を浴びている公認心理師ですが、その資格取得のためには、まず大学で一定の15科目を修め、その後、大学院に進学したり、実習に行ったりする必要があります。一般的にこの15科目は、心理学系の学科に進んで学ぶものです。しかし、本学では学部等に関係なく、すべての学生にこれを修める機会が開かれています。つまり、この15科目を修めておくことで、将来的に必要となるときまで、公認心理師になれる可能性を残し続けることができるのです。このチャンスが全学生に開かれているのは、全国的にも珍しい。毎年、さまざまな学部の学生がチャレンジしています。
【授業では測れない個性的な挑戦も評価する】
--本当にさまざまな彩りがありますね。お聞きしたいことがたくさんあるのですが、特に正課外教育についておうかがいさせてください。「KONANサーティフィケイト」という制度、すなわち、読書やボランティアなど、学業成績では表わすことができない努力や挑戦を評価する制度が非常に面白いと感じました。この制度がなぜ、どのようにつくられたか、また、学生の評判についてもお聞かせ願えますでしょうか。
4年間で専門教育や共通教育をしっかりと勉強し、いざ大学を卒業するとなったとき、彼らの手元に何が残るかというと、目に見える形で残るのは、たった一枚の成績表なのです。けれども、学生たちは学業以外にもたくさんのことに励み、身につけたことも多いはず。その頑張りを形にしてやりたいと、前学長がこの制度をつくりました。
グローバルで頑張った、後輩に勉強を教えることを頑張った、本を読んでそのおもしろさを他人に伝えることを頑張った……。そうしたさまざまな分野での頑張りを基準にしたがって顕彰する、学生個々の頑張りを見える化できる本学独自の取り組みが、KONANサーティフィケイトです。
--なるほど、ありがとうございます。特に学生からの評判がよかったり、これがサーティフィケイトにあって嬉しいという声がよく聞かれるものはありますか?
特にどの分野が、ということではないのですが、興味のあることに踏み出すきっかけになったという声をよく聞きます。例えばスポーツサーティフィケイトについては、体育会系の学生だけでなく、一般の学生でも、授業の基礎体育学演習から興味を持って取り組んでいくことでサーティフィケイトに認定されるのみならず、健康的な生活を送るためのセルフマネジメントが身につく点で喜ばれています。
また、努力を重ね、きわめていくことに役立っているという話も耳にします。例えばライブラリサーティフィケイトは、ひたすら読書をして己の肥やしにしていくだけではありません。上の級にすすむにつれて、POPを作り本の横に立てる、図書館におすすめの本を置き、その本の面白さや魅力を人に伝える、本の面白さを伝えるイベントを主催するなどが認定の基準となっています。
こうしたサーティフィケイトを通して、自身の成長を感じられたり、自己を展開できることが、学生にはよい刺激となっているようです。コロナ禍で随分落ち込みましたが、今では再び多くの学生がエントリーをして頑張っています。加えて、今年から新たにキャリアデザインサーティフィケイトを設置しました。今後も新たなサーティフィケイトをつくっていきたいと考えております。
なお、本制度のポイントは、決して授業でも正課でもない点です。例えば、内向的な性格で、ひたすら本を読みたいんだ!という学生が、無理に人前に立つ必要はありません。その学生の頑張りに見合った等級で顕彰することができるからです。個々の学生に合わせて、その頑張りを顕彰できる点でも、とても良い制度だと感じています。
--最近の学生は人前に立たされたり目立ったりするのは嫌がるかもしれませんが、評価されること自体は、やはり変わらず嬉しいのでしょうね。
そのようですね。
【地域への還元は大学の使命】
--18歳人口の減少がみられる中、やはり学生数を確保するためには、社会人や留学生もターゲットとしていく必要があるかと存じます。大学の経営という観点にこだわらなくても結構ですので、リカレント教育や生涯教育について、今後の構想や貴学のお考えをご教示ください。
まさにおっしゃっていただいたような理由で、リカレント教育に力を入れていきたいと考えております。それは高等教育機関としての大学の使命です。
他方、本学の特徴として、実はこの岡本の地で105年前に旧制中学校がスタートしていることが挙げられます。もとの中高は、現在、芦屋に移り、ここ岡本には大学が建てられましたが、やはりこの地で105年間やってきた教育機関としては、地域の方々に、「あってよかった、甲南大学」と言っていただきたいです。
アントレプレナーシッププログラムも実施しておりますが、これもITビジネス等を視野に入れたものというよりは、むしろローカルビジネスに視点を置き、例えばこの地域の方々で、子育てが落ち着き少し時間ができたので、地域に何か還元したい、とお考えの方々などをターゲットとして設置しています。
こうした点を行政も支援してくださっています。やはり、甲南大学はこの地にあってこそだと思いますので、この地域に軸足を置き、これからもさまざまなプログラムを増やしていきたいです。
--一方、事業構想大学院大学など他大学との連携もなさっておられます。こちらはローカルビジネスとはまた別の観点からのアプローチでしょうか。
事業構想大学院大学、神戸の情報大学院大学は、本学が持っていない知見をお持ちですので、連携させていただくことで、本学の新たな可能性が拡がると考えています。
また、情報大学院大学は専門大学院であり、大学のようなキャンパスをお持ちではありません。そのため、多くの留学生の方を含む在学生の中には、学生生活を十分にエンジョイできない方もいらっしゃるとお聞きしました。そこで、先方の学生さんに本学へ来ていただいて、一緒に課外活動をしたり、留学生の方々が本学の体育会の学生と合気道をしたりするなどの交流も行なっています。人的な交流を中心に、双方の不足している部分をこの神戸の地で補い合っているのです。
--素敵です。少し貴学の留学生についてもおうかがいさせてください。現在はどの国からたくさん留学に来られていて、今後はどの地域の留学生も増やしていきたいなどの構想はございますか。
現在、本学の正規留学生はアジア地域出身者の割合が高いですが、人数が十分とは言えません。そのため、例えば1年だけの交換プログラムで欧米から来ているような学生が、帰国後に「甲南はよかった」と言って、正規留学生として再び本学に来てくれるような展開があると、たいへん嬉しく思います。当然来やすいという意味ではアジアもしっかり開拓していきますが、欧米からも、2度目の日本と言いますか、もう一度帰ってきてくれる、そういう甲南ファンを増やしていきたいです。
【国際的人権意識の涵養】
--昨今、国際的な人権意識を涵養していくことが社会的な課題となりつつあります。先生のご専門分野でもあられるかと存じますが、この点について、大学でなさっている取り組みはございますか。
いきなり国際人権保障の観点から人権問題について考えるのは容易ではありませんが、そもそも差別というのは、異質なものに対する違和感や恐怖に端を発しているのではないかと思います。
見かけの違いや、使用している言語の違いだけで異質だと決めつけてしまう原因は、コミュニケーション不足に他なりません。事実として、外国の方と実際に話をしてみると、我々日本人と何ら変わりない心を持っていることが分かります。また、見かけが違うのは日本人同士でも同じです。異質さと結びつくものではありません。
自身が留学へ行くでも、日本へ留学に来てくださっている留学生の方と交流するでもよいですが、さまざまな国の方と関わり合いを持ち、見かけや使用言語が違っても、ものの感じ方、心根の部分は自分と共通しているのだという実感を、学生たちには持ってもらいたいと切に思います。「思っていることは同じなんだ」、「同じものを美味しいと感じるんだ」という些細なきっかけからで構いません。相互に人として認め合い、そこに人間としての違いは無いと気がつくことさえできれば、差別する意識もなくなっていくのではないでしょうか。
--頭で理解するだけではなく、経験して、感じて、「ああ分かるな、同じだな」という気付きが重要なのですね。
そうですね。例えば、私は授業で「人種差別撤廃条約における国家の義務とは」というテーマで講義をしておりますが、単に受講しているだけでは、残念ながら、身になってはいないかもしれません。人種差別撤廃条約が機能しているまさにその現場を経験することに、もっとも重要な意味があると私は思います。
--そうすると、最初の話にもつながってきますね。コロナで大打撃を受けたというのは、こういった実感を持つためのリアルな空間が失われてしまったということになりますか。
その可能性がありますね。本当にかわいそうだったと思います。
【甲南大学 将来構想と学生への期待】
--最後の質問です。甲南大学の学長としての、将来に向けた構想や、学生に期待することを教えてください。
これまでお話してきたこととも重なりますが、18歳で自分の将来を決め切って大学に入学してくる学生は、なかなかおりません。学長としてはやはり、そんな彼らが自分の可能性や個性に気がつき、大きく成長を遂げ、卒業していけるような大学を目指したいです。
その点において、本学には、「彩り教育」や教員の経験をしっかりと伝えられる場といった、学生たちの成長を促す仕掛けがたくさんあります。加えて、本学はOB・OGの方の母校愛がとても強いため、その方々のお力を借り、彼らをロールモデルとして、甲南大生の成長した姿を在学生にしっかりと見せていきながら、選択肢のたくさんある大学をつくっていきたいです。そういう意味でも、彩り豊かな大学にしたいと考えています。
また、国際法を専門とする一教員としては、学生たちの目線をもっと外部(海外)へ向けさせたいです。私の講義では最初の10分間で必ずニュース解説をするのですが、正直なところ、ぽかんとしながら聞いているだけで、あまり関心を持っていない学生もおります。今の時代、とても簡単に海外や社会の情報を入手できるにもかかわらず、見ていないし、見ようともしないのです。
だからこそ、今の若者には、もっと外部に関心を持ち、自ら目を向けることで、外部で起こっていることが、自身の生活と決して無関係でないことを理解してほしい。遠い世界のことが、自分の日常生活に直結するのだという「実感」を持ってほしいと思います。そして、この「実感」を得るためにも、一度は日本の「外」を経験してほしいです。
【エピローグ:歴史小説を読む醍醐味】
--学務や研究から離れたときの時間の過ごし方、あるいは、最近読んだ本でお勧めしたい本などを教えていただけますと幸いです。
私自身の趣味の話となってしまいますが、私は歴史小説がとても好きです。最近はなかなか時間がなく、新しい本を買ったとしても「積ん読」になってしまうので、実際に買ってはいないのですが、代わりに、昔読んだ本を、時々手に取って読むようになりました。
そして、歴史小説を読んでいて、「ああ、こういうことか」と新たな気づきを得たのは、登場人物の誰に自分を仮託するかが、昔とは変わってきたことです。歴史小説には、たくさんの登場人物がいて、常に誰かに自分を仮託することで、のめり込んで読むことになりますが、私自身の立場が変わると、のめり込む人物も変わってきました。
かつては、ナンバー3やナンバー5の、支配されていたりいじめられたりしているような人物に肩入れして読んでいました。しかし、学長となった今、同じ小説を読み返してみると、意思決定をしなければならない者のつらさが分かるものですから、そのような立場に置かれた人物に肩入れして読んでしまいますね。
読む時々の自分の立場によって、違う「誰か」になれる。これが歴史小説の面白さだと思います。
--そういえば、私も、学部時代に読んだドストエフスキーの小説を大人になって読み返して、共感する人物やポイントが変わっていた、という経験をしました。ちなみに、歴史小説では、どの作家の本がお好きなのですか。
宮城谷昌光(みやぎたに まさみつ:三国志など古代中国歴史小説が有名)の中国物の小説が好きです。以前から中国の歴史が大好きで愛読しています。
--本日は貴重なお話をたくさんお聞かせいただきまして、誠にありがとうございました。
中井 伊都子(なかい いつこ)学長 プロフィール:
京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科社会学修士課程修了、同大学院法学研究科博士課程中退。国際法学者。世界法学会員、国際人権法学会員、国際法学会員。公益財団法人世界人権問題研究センター専任研究員。1998年より甲南大学で教鞭をとり、2020年に同学学長に就任。
論文に、「カナダにおける国際人権条約の履行」(2008年)、「国際人権規約の意義とその活用について」(2007年)、「国際人権条約における社会権の権利性」(2005年)など。
共著に、『国際法入門 逆から学ぶ』(法律文化社)、『人権保障の新たな展望』(アジア・太平洋人権情報センター)、『講義 国際組織入門』(不磨書房)、『居住福祉学と人間』(三五館)、『判例国際法』(東信堂)など。書評も多く執筆している。
著書(共著):
『国際法入門 逆から学ぶ』(法律文化社) https://amzn.asia/d/045JfTtZ
『人権保障の新たな展望』(アジア・太平洋人権情報センター) https://amzn.asia/d/08YxOLIL
『講義 国際組織入門』(不磨書房) https://amzn.asia/d/02JG5b5V
インタビュー:満渕匡彦・原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)
構成・記事:山口夏奈(KEIアドバンス コンサルタント)